Q2 私たちが普通󠄁「舊かな」と言つてゐるものを、國語問題協議會では「正かな」と言つてゐるやうですが、なんだかちよつと押しつけがまいしいやうな感じもします。「正かな」と言はなくてはなりませんか。

A2 歷史的假名遣󠄁とか、あるいは舊假名とかいはれるものを、私たちは「正假名」と稱してゐます。もちろん、戰後のいはゆる國語改革によつて現れた「現代假名遣󠄁い」が、本來の日本語の姿󠄁を醜くゆがめた、正常ならざるものだとする認󠄁識によるものです。

 私たちは、古來熟成󠄁され定着してきた歷史的假名遣󠄁を復活し、廣く普及󠄁させて行きたいものと考へてゐるのですが、その正假名を「正」とする根櫨は必ずしも「傳統」とか、「正統性」とか「古典的美」とかいふものにあるのではありません。たとひ傅統、正統と言つてみても、それが國民一般の現代生活にとつて不便かつ不合理で、ただ負擔を强ひるだけものであるならば、當然一般の支持は得られませんし、一部の特殊な趣味・技藝の世界のものとして結構󠄁でせう。

 ところが、歷史的假名遣󠄁の場合はさうはいかないのです。

 といふのは、一般に合理的であるかに誤󠄁解されてゐる「現代假名遣󠄁い」こそが、かへつて不合理でわかりにくく、要󠄁するに不便なものだからです。

 私は幸ひなことに最近󠄁、『舊かなを樂しむ』(リヨン社)といふ本を上梓することができましたが、そこで私が强調󠄁したことは、「新假名は不便である」といふ一點でした。新假名は使ひ勝󠄁手がよくありません。正假名の方が讀んで樂です。つまり、讀み手書き手の雙方にとつて大いに「得」なのです。

 すなはち損得の問題ですから、正統性などをあげつらふ必要󠄁はほとんどありません。

 早い話が國歌「君が代」です。

 「いわおとなりて」とありますね。意󠄁味がわかりますか。

 わかると言ひたいでせうがじつはこれはわからない語句です。まづ普通󠄁の解釋ならこれは、

岩音鳴りて

 でせう。「さざれ石の、岩音鳴りて」となつてどうにか意味が通󠄁る。しかしこれは、

巖となりて

 かもしれない。

 法律で定められた國歌は新假名で書かれてゐるために意味が確定しないのです。もしこれが正しく正假名で書かれてゐたら「いはほとなりて」ですから、ほとんど何の迷󠄁ひもなく「巖となりて」の意味だと理解できます。正假名にはこのやうに、意味の强力な辨別作用があり、語義の喚起󠄁力が豐かであつて、ほとんど表意文字、象形文字のやうな能力がある。つまり、正假名の文は「わかりやすい」わけです。

 新假名の「生まれ出ず」なんてわかりますか。わかると思つてもそれはあなたの誤󠄁解です。じつは全󠄁く意味不明󠄁の語句なのです。

よい酒によい

 これはどうでせう。良い酒に醉い、宵󠄁酒に醉い、宵󠄁酒に良い――。

 わかりませんね。これが例へば「よひ酒によい」とあれば一目でわかりますね。「宵󠄁酒に良い」です。

如何にいます父母
恙(つつが)なしや友がき

 これなどは正假名だとしたら意味が確定しますが、もし新假名だとすれば意味不明󠄁です。つまり正假名ならば、「どのやうにお過󠄁しだらうか、父上、母上は」と意味が確定します。ところがこれが新假名ならば、「どう過󠄁してゐますか、父さん、母さん」の意味かもしれない。確定できません。

 新假名といふのはこのやうに、意義曖昧でわかりにくくなります。要󠄁するにまことに不便であり、こんにちの「情󠄁報社會」にあつてはまことに迷󠄁惑な障害󠄂物だといつていいでせう。朝󠄁日歌壇入選󠄁歌、

澤水に音さわやかに注󠄁ぎいる靑わさび田に春の雪󠄁ふる

 これもじつは新假名のせゐで「わからない歌」です。みなさんのあるいはお好きな俵萬智さんの歌、

「元氣でね」マクドナルドの片隅に最後の手紙を書きあげており

 これも新假名のせゐで殘念ながら「わからない歌」になつてゐます。どうぞ確めてみてください。

 そこあたりのことは小著『舊かなを樂しむ』でやや詳しく解說しておきました。ぜひお讀みください。讀めば疑問もまた山ほど出てくるでせうから、どんどん質問をお寄せください。

萩野貞樹(常任理事)

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