Q1 なぜ「現代かなづかい」はよくないのですか、なぜ「歴史的仮名遣」がよいのですか。

   A1 「現代かなづかい」はだめだとわれわれが主張する根據は、「現代かなづかい」では原則を立てながらすぐにそれが破られてゐるなど、不合理な取り決めだとあきらかに見てとれるからです。昭和二十一年にはじめて制定された「現代かなづかい」には、「從來のかなづかいは、はなはだ複雜であつて、使用上の困難が多い」から、「現代語音にもとづいて整理する、云々」とあります。この内閣告示の文章そのものがすでに矛盾してゐるのもであることは、「かなづかい」「もとづく」といふ用語からもわかります。「かなずかい」「もとずく」と、いはゆる現代音にしてゐない部分が混在してゐるのです。
   かなづかひについての内閣告示も昭和六十一年となると、「この假名遣は、語を現代語の音韻に從つて書き表すことを原則とし、」とあつて、現代語の音に從ふことを同樣に唱ひ文句としながら、ひらかなを使はず漢字で「假名遣」と表記してゐるのは、氣がとがめたからでせう。このやうな點だけからも、國が訓令を出して「かなづかひを(一段と)複雜にし、使用上の困難を多く」してゐることがわかりますが、かう見てくると現代假名遣を使ふことに不安を覺えます。一片の政治的な訓令で替へられたものは、何時また一片の内閣告示で替へられないとも限らないからです。そこで筆者は、永く必要とされる資料の文章などでは、表記に少なくとも歴史的假名遣を併記することにしてゐます。永い歴史の中で自然に釀成されてきた假名遣は、その時々の政治などには左右されず、將來ともかなり安定した表記といへるからです。
  もう少し「現代かなづかい」の原則無視の點をとりあげてみませう。

   一、 「は、へ、を」は現代語の發音通りではない
 現代かなづかいでは、發音が中心なので一字が一音に對應するとされてゐますが、この三字は「わ、え、お」と發音されながら、助詞としてはかう書かねばならないとするのは原則を大きくはづれてゐます。助詞としての役割を荷なつてゐるからで、つまり、歴史的假名遣と同じ、「かな」が發音でなく「意味」を示すためだからです。

   二、 「お」の長音の書き方が二通りある
  現代かなづかいでは、長音は前の假名の母音部分を繰り返すことが原則です。おねえさん=O-NE-E-SANと「え」をつけます。ところが「お」だけは「う」も付け、こちらを數が多いからと本則にしてゐます。「お」をつけるのは、歴史的假名遣が「ほ」だからと、氷・コホリは、コオリとされます。折角現代かなづかいと銘打ちながら、「は、へ、を」同樣、歴史的假名遣を知らないと書けないとはあきれた話です。大阪はオホサカだつたからオオサカとするのはその一例ですが、逢坂山は、アフサカ(やま)だつたからアウサカになるかと思へばオウサカと書かねばならない。原則も本則もあつたものではありません。神奈川縣の大山にはアフリ神社があります。雨請ひの「雨降り」に由來するさうですが、現代かなづかいの原則に從ふと、アフサカに倣つてオウフリとなり、全く意味をなさない神社となつてしまひます。

   三、 「ぢ、づ」はすべて「じ、ず」にするのが本則
  稻妻・イナヅマは、現代かなづかいではイナズマとしなければならないさうで、稻の妻と二語の連合と意識してゐるわれわれには「ズマ」の意味がわかりません。しかもこの原則には例外がたくさんあつて、どれが正しいのかさつぱりわかりません。年中はネンジュウで、年中行事はネンチュウといつた具合です。

   「現代かなづかい」を國民に強制した表音主義者たちは、文字が正直に音を示すものだと單純に思ひこんでゐた節があり、發音通りに書けるなどといふことは迷妄だといふことが少しもわかつてゐなかつたのです。國際音聲學協會IPAでは、各種の膨大な記號を作つて聲を正確に示さうとしてゐますが、それも絶えず修正されてゐたり、別の方式が現れたりしてゐるやうです。その點から思ひ合せても、音節文字である日本の假名で現代語の發音を正確に表はすことなどできるはずもありません。「孝行(正しくはかうかう)はコオコオと發音するのにこうこうと書く」といつた發言をする表音主義がいかに蕪雜なものであるか、おわかりいただけると思ひます。
   一方、歴史的假名遣は、定家、契冲、宣長などの國語に愛情を持つた碩學が練りあげてきたもので、現在に至るまで絶えず修正が行はれたため、結果として、思ひつき的な「現代かなづかい」より餘程合理的になつてゐます。一例として「ありがたう」をあげれば十分でせう。「ありがた・くない」「ありがた・かつた」の言囘しからも語幹が「ありがた」であることがすぐわかります。ところが現代かなづかいでは、「ありがとう」となつて變化するはずのない語幹は「ありがと」になり「有り難」の意味を喪失します。となると「ありがた涙」などとは言へなくなつてしまひます。現代かなづかいとはまことに「ありがた迷惑」な存在です。

谷田貝常夫 (常任理事)   




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