石井勲の伝統的仮名使のすすめ

        

  私は前囘に「伝統的かなづかひで書けるといふ自信が有る所だけ書いて、自信が無い所は従来通りに書く」といふ書き方を皆様にお奨めしました。そして「今日から早速実行してみて下さい」とお願ひ申し上げましたが、実行して下さいましたでせうか。もしもまだでしたら、今度こそ「今日から実行」して頂きたいと思ひます。

  そもそも《現代かなづかい》そのものが、初めから 《は・を・へ》など《伝統的かなづかひ》と混ってゐるのですから、《伝統的かなづかひ》で書いてゐるつもりの文章の中に《現代かなづかい》が混ってゐても、少しも可笑しい事は無いではありませんか。堂々と書いて下さい。追々と醜悪な現代仮名使が消えて行って、風格の有る文章になって行きます。
  一口に《伝統かなづかひ》と言っても《国語かなづかひ》と《字音かなづかひ》の二種類があります。《字音かなづかひ》とは、漢字の発音を書き表す為の書き方です。今は等しく《ジョウ》と書いてゐる漢字を、中国の発音に近づけて《ジョウ・ジャウ・ヂョウ・ヂャウ・デウ・デフ》と書き分ける書き方です。文章を書く時には、漢字で書くので、実際にはほとんど使ふ事の無い《かなづかひ》ですから、しひて覚える必要は無いと思ひます。
  又、《国語かなづかひ》でも、《あぢあぢくぢらふぢ》などは、漢字で書くのが普通ですから、強ひて覚える必要は無いと思ひますが、元々が国語ですから、覚えるられるものは覚えて置いた方が好い、と思ひます。辞書を手にしたついでに、一つでも二つでも覚える努力をして下さい。
  例へば、《乙女をとめ》は《》といふ三語から作られた複合語で、《を》といふ言葉は《小川をがは》の《小》で、《小さい》といふ意味の言葉です。といふ事が解りますと、《をとこ》といふ言葉も、漢字一字ですから一語の様に見えますが、やはり三語から成る複合語で、《小っ女》に対する《》から変化して出来た言葉だと推理する事が出来ます。
  又、《叔父をぢ(叔母)・伯父をぢ(伯母)》などの言葉も、《小父をち(小母)》といふ言葉から作られたと推察出来ると思ひます。この場合の《を》は、「父や母に次ぐ近い人」といふ様な意味で用ひられたものでせう。今は、《叔父》《伯父》と異った漢字で表記してゐますので、《叔父》《伯父》とは異った言葉として扱はれてゐますが、元々は《小父をち》の意味の言葉である事がお解りになると思ひます。
  この様な訳で、《国語かなづかひ》は、漢字で書くものであっても、国語の性質を担ってゐるものですから、使ふ事は無くても、知ってゐた方が好い事は言ふまでもありません。
(完)  


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