石井勲の伝統的仮名使のすすめ
五
今まで述べて来た所を読んでの御感想は如何ですか。今はまだ難しい感じがするかも知れませんが、判らない所は今まで通りに書いて、「これは伝統的かなづかひで書ける」と思ふ所だけ書けば好いのです。昔の人だってさうだったのです。初めから正しく書ける人などゐる訳がありません。文章を読んだり書いたりしてゐる間に、一つ一つ覚えて行ったのです。さういふ訳で、今日から早速実践してみて下さい。
前項で言ひましたやうに、伝統的かなづかひと言っても、大部分は『は行動詞』ですから、その他の違ふ所だけ覚えれば好い訳です。では早速始めます。この文章で伝統的かなづかひで書かれてゐるのは、『は行動詞』と《さう》と《ゐる》と《やう》だけです。《さう》は《かう》と一緒に覚えませう。《さう》は、《然(sika → sa)》が延音化して《然う》となつたもので、《かう》は、斯(kaku → kau)の《う音便》です。
《やう》は漢語の《様》です。現在の発音ヤンから推察される様に、ヤウと発音したものが、アウがオオと発音される例に従って、ヨオと発音する様になった訳です。同じ発音でも「勉強しょう」の《よう》は《やう》ではありませんから注意して下さい。これは、「勉強せむ」の《mu》が《u》に変った「勉強せう」が、エウもヨオと発音される例に従って seu → syo と発音されて《しょう》と書かれたものが《シヨオ》と読まれる様になったものです。昔の人も《よう》と《やう》とはよく間違へました。「勉強しよう」は「未然形+よう」ですが、「勉強するやうに」は「連体形+やう」だ、と覚えておくと好いと思ひます。
《ゐ》といふ仮名は、前回述べました様に、《ゐる》と《率ゐる》だけですから、簡単に使へますね。所で、《イ》といふ発音で《い》と表記する動詞の語尾は、《い音便》の連用形を例外とすれば、《老いる、悔いる、報いる》の三語しかありません。といふ事は《イ》と発音する動詞の語尾は、前述の《ゐ》の二語と《い》の三語を除けば、総て《ひ》だといふ事になります。ですから、《い》と発音する動詞の語尾は、前述の五語以外は総て《ひ》だといふ事になります。『は行動詞』は数へ切れない程沢山あって、一語一語総てを覚える事は大変ですが、《い》と発音する動詞の語尾は、前述の五語でなかったら、総て《ひ》と書けば好いのですから、決して難しい事ではありませんね。
《ゑ》を使ふ語も、《植ゑる、飢ゑる、据ゑる》の三語しかありません。また、《エ》と発音して《え》と書く動詞も《覚える、越える、絶える、増える、燃える》と、僅かしかありませんので、これらを丸暗記しておきませう。さうすれば、《エ》と発音する動詞の語尾は総て《へ》と書けば良い、といふ事になって楽です。
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