高校生、大学生、若い人のために

    石井勲の伝統的仮名使のすすめ


    其の一  其の二  其の三  其の四  其の五  其の六



        

  私は、いまから、伝統的仮名使かなづかひを使って書きます。表音的仮名使は、人の心を堕落だらくさせる働きがある事が判ったからです。戦後の日本人の堕落の原因の第一は、伝統的仮名使を廃して表音的仮名使を採用した事にります。「伝統的仮名使で文章を書くのは難しい。発音通りに書けば済む表音的仮名使の方が好い」といふ事で安易な道を選びましたが、容易は幼稚に通じます。「易しい言葉で」「易しい表記で」と大事な日本語の表現の平易化を目指した結果、日本語の幼稚化と共に万事が堕落して行ったのです。
  孔子が弟子に「先生が宰相さいしやうとして一国の政治を任せられたらどこから手を付けられますか」と尋ねられた時、「言葉を正す」と答へました。言葉の乱れが心の乱れを作り、世の乱れの原因になるのです。「言葉を正す」といふ事はそれ程の大事なのです。それにもう一つ、表音的仮名使には大変な欠陥がある事が明らかにされた事であります。
  一九六○年代までは、世界中の言語学者が口を揃へて「不合理な伝統的つづりは廃止して合理的な表音的綴に改めるべきである」と言ってゐました。それをに受けて伝統的綴を廃止し表音化したのは、広い世界でも唯日本だけでした。六○年代になると、ノアム・チョムスキーが実験により、内容の理解には、伝統的綴の方が表音的綴よりもずっと有効である事を証明し、「言語学者たちの言葉に従って、伝統的綴を廃止して表音的綴を採用したら大変でした」と言ふ様になりました。我が国は、その大変な事をやってしまひ、大変な事になってゐるわけです。

    cite  site  sight
    so    sow   sew
    saw   soar  sore

  右の例の様に、英語には同じ発音の言葉が沢山ありますが、綴が異ってゐるので、耳では区別出来ない言葉が、目では一瞬のうちに判別出来るのです。
  もしもこれが表音的綴だったら、皆同じ綴になって区別が付かなくなります。だから、saw も soar も sore も、《ソー》とは読めない綴ですが、これだからこそ一瞬のうちに判別出来るのです。
  伝統的綴も、それが制定された当時は表音的綴でした。所が、年が経つにつれて言葉が変化して行き、その綴がとても表音的とは言へなくなった時に、これを伝統的綴と呼ぶわけです。我が国の伝統的仮名使も、勿論、初めは表音的だったものの変化したものですが、これを英語などに比べると極めてわづかなもので、これが学習に困難であるとして伝統的仮名使を廃止し、表音的仮名使に改めた事は、実に実に愚かな事でした。我が国の伝統的仮名使は、学び方のこつさへ心得れば、二、三十分の学習でかなり間に合ひます。その学び方は次回から。



(石井 勳、いしゐ・いさを。教育學博士。本會副會長。また日本漢字教育振興協會會長、石井式漢字教育研究所所長を務める。正假名使で書かれた著書に『幼児はみんな天才 ―石井式漢字早教育のすすめ― 』(日本教文社刊)がある。本掲載に當り、平成十四年から十五年春にかけて執筆した舊稿を吟味し、ルビは字音假名使で統一した。六囘連載)
なほ、月刊誌『母と子の新聞』(○三-三九五二-八八一五ははとこ)に正かなづかひ表記の自傳「一教育学者の歩み」を連載中である。


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