土居光知の基礎日本語 (六−16)


  昭和八年三月、土居光知の『基礎日本語』が刊行された。本書は C.K.Oden の "Basic Enlish" の影響によるもので、「できる限り單純な、しかし何事でもはつきりと言ひ表し得る、整理された、また記憶することがたやすい、基礎となるべき日本語を組織すること」を目的として千語の語彙を選び、それを第一表(分類)、第二表(アイウエオ順)、第三表(ABC順)の三種に整理したものである。その後、千八十五語に修正した案を發表してゐるが、それによると、基礎語は、體、人、住居、着もの、道具、家の道具、食するもの、飲むもの、自然、地、鑛物、植物、動物、數と量、時、形、位置、關係、色、機械、工業、組織、知識、社會と文化、音樂、通信、旅、心、心の働き、行ひ、肉體の働き、自然の働き、状態、性質、一般、雜、名の代り、關係語、繋ぎの語、添への語、語の頭に添へる語、挨拶の四十三に大きく分類されてをり、その「飲むもの」には、汁、乳、茶、酒、コーヒ、ビール、ソーダ、煙草」の八語、「鑛物」には「金屬、金、銀、鐵、銅、鉛、眞鍮、アルミニウム、石炭、石油」の十語、「動物」には「性、牡、牝、取、魚、蟲、貝、牛、馬、豚、鷄、蠶、犬、猫、蜂、蝶、蟻、蚊、鼠、蠅、蛇」の二十一語、「色」には「赤、黄、緑、青、紫、白、黒、暗」の八語、「名の代り」には「私、あなた、彼、それ、そこ、自身、他、これ、こヽ、あれ、誰、何、どこ」の十三語が選ばれてゐるが、果してこれだけの言葉で豊かな日常生活が營めるであらうか。空を飛ぶ動物はすべて「鳥」、水の中に生活する動物はすべて「魚」で濟むものであらうか。幼稚園の子供でさへ平均五干の語彙を持つてゐると言はれてゐる。千そこそこの語彙では、およそ「學」と名のつくものは成り立たなくなるし、さうなれば數千年前の原始生活に還るより外あるまい。


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