「常用漢字表」と「假名遣改定案」の發表 (六の8)

  昭和六年五月八日、臨時國語調査會は、大正十二年五月に發表した「常用漢字表」から百四十七宇を削り、新たに四十五宇(二十字は教育勅語中の漢字)を加へ、總數干八百五十八字の「常用漢字表」と、大正十三年十二月に發表した「假名遣改定案」の一部を修正した改定案とを同時に發表した。漢字について見ると、教育勅語中の漢字が二十字も加へられてゐる反面、憲法及び詔勅に用ゐられてゐる漢字中より削除されたものが「輝、循、效、但、須、赦、輔、弘、頃、烏、狼、忽、悦、謂、誼、頒、寡、宇」など十八字もあり、その他にも決してむづかしいとは思はれぬ「只、又、迄、頁、云、勺、狐、狸、猿、猪」などが削除されてゐる。

  また假名遣について見ると、國語假名遣では、二語の連合及び同音連呼によつて生じた「ぢ、づ」はもとのままといふ「ただし書き」がつけられ、はなぢ(鼻血)、ちかぢか(近々)、ぬまづ(沼津)、ちぢみ(縮)、つづく(續く)等の例を擧げ、字音假名遣では、連聲によつて濁る「智、茶、中、通」、及び呉音によつて濁る「地、治」等はもとのままといふ「ただし書き」がつけられてゐる。その修正理由では、左のやうに「こゝしばらく」といふことが強調されてゐる。

* 先きに大正十三年十二月本會より假名遣改定案を發表して世の批判を求めたが、その結果一定の字音や國語に限り、清濁及び連呼の關係上ジヂズヅの用法は從前の通にありたいとゆう希望の多いのに考慮して、こゝしばらく右に關する除外例を設けることにしたのである。

* 「智」「茶」「中」「通」等の如き字音で、單獨では清音に言いあらわされるのに、「猿智慧」、「葉茶屋」「連中」「融通」の樣に熟語を構成すると、連聲によつて濁音になる、又「治」や「地」は漢音では清音、呉音では濁音に言いあらわされる。此の如く清音の時「チ」「ツ」で濁音の時は「ジ」「ズ」と書きあらわす事は連想上面白くないとゆう意見がなかなか多い。又國語においても、「鶴」が眞鶴となるとマナズル、「綱」が手綱となるとタズナ、「血」が鼻血となるとハナジ、「近」が手近となるとテジカとなるのも連想上やはり面白くない。同音同語の連呼される場合、たとえば「續く」「鼓」「縮む」「散り散り」「月々」等がツズク・ツズミ・チジム、チリジリ、ツキズキと書くことも面白くないから、これは除外例として從前の通に書くがよいとゆう意見を抱く人も少なくない。もちろん感情問題ではあるけれども、現在の如き過渡時代においては止むを得ないこととして.以上の如き特殊の場合に限りしばらくこれを除外例として取扱うことにしたのである。

 


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