東京帝大「言語學會」のローマ字綴方意見 (六の7)

  昭和五年十一月、東京帝國大學内「言語學會」は「日本語をローマ字で書く上の綴り方に關する意見」を發表し、大體においてヘボン式綴方を支持した。その要點を示すと、ローマ字の使用は國民の負擔輕減と印刷能率の増進の外に「對外的・國際的の目的や使命が甚だ大きい」、またローマ字を便用する以上は、單音を表はすといふ大切な性質を殺してはならぬ」し、發音を寫すといふ「單一の主義で滿足すべきこと」、及び綴方は「いはゆる標準發音を、必要にして十分なる程度に於て、寫すことが出來れば足りるとして、その範圍で決定せねばならぬ」といふことであるが、更に一二の具體例を擧げると、「シ」には國際音聲記號の〔∫i〕を用ゐるのがよいが「それを見合せるならば、siでなくshiにして置くがよい」、また「チ」は〔t∫i〕と書けば「完全に近いが、それを使はないとすれば、tiよりは普遍性の大きいchiで我慢するがよい」といふことになる。またその「結論」において次のやうに述べてゐる。

* 今後適當な補正を加へる餘地はあらうが、從來廣く行はれてゐる綴り方、即ち今まで鐵道省の驛名を書くに用ゐられてゐる如きもの、あれが世間に主張されてゐる色色な綴り方法式の中で、わり合ひ合理的で穩當なものだ、といふことになると言つてよい。

  以上の意見は、文部省が臨時ローマ字調査會を設置する前に發表されたものであるが、それを豫想しての發言であることは「一、趣旨と態度」により明かである。


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