「漢語整理案」の發表 (五の25)

  大正十五年六月、臨時國語調査會より第一囘の「漢語整理案」が、續いて昭和三年十二月までに十三囘に亙り發表された。その前書きには「本案は常用漢字の實行を圓滑ならしめ、ひいて國語の健全なる發達を促さんがため常用漢字と假名を用いて文章を書綴るよう漢語を整理したものである」とある。以下その一部を示せば左の通りである。(括弧内のものに改める)

  一輌(一臺)  一遍(一返、一度)   上肢(腕、手)  保姆(保母)  上梓(印刷、出版)   俳諧(俳句、發句)  焦躁(いらたつ、あせる)  痴人(馬鹿、あほう)   賭博(ばくち)  憧憬(あこがれ)  訊問(尋問)  價値(價直、ねうち)   嬰児(赤ん坊、あかご、乳児、乳のみ子)  運搬(運送、持運び)   一生涯(一生)  核心(中心)  奇襲(不意打)  活溌(元気、かつばつ)   矩形(長方形)  撤囘(もどす、引込める)錯誤(誤り、間違)   綜合(総合) 反映(反影)  逮捕(捕縛)   洞察(看破、見ぬく)  蔑視(軽視、見下げる)  描寫(寫出す、畫き出す)   妥當(適當)  習癖(くせ)


昭和二年六月一日の官報の説明文によると「漢語は文字を基礎としてゐるために、同音語(homonyms)がすこぶる豐富で、これがために意味の不明や混雜を引起すことが多い」「たヾ耳で聞いただけでは、そのいずれであるかを判断するに苦しむことが隨分ある」「今日の如く講演や演説が社會生活のもつとも重要な要素になり、電話やラヂオが驚くべき發達をなしつヽある時代においては、文章よりもむしろ談話の勢力が強大である」として、耳で聽いて解るやうな言葉だけにしようといふのであるが、それは話し手個人の心構へに任せるべきもので、書き言葉を話し言葉の枠の中に無理に押込む必要はないわけである。ところが今回の漢語整理のやうに、將來表音文字を採用することを前提としてゐる以上、何としても耳で聴いて解る言葉だけに整理する必要があるわけで、そのことは官報の最後に「ことに將來假名かローマ字を専用せんとする場合には、漢語の整理がそれに
先立つてなし遂げられなければならない重要な事業である」とあることから明かである。


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