建議案兩院を通過(四の9)

  次いで同三十三年二月六日、根本正外五名提出の建議案が、十五日衆議院で修正可決され、貴族院では、二月十三日加藤弘之外二名提出の建議案が、二十一日に修正可決され、共に政府へ建議された。加藤弘之、辻新次、高橋新吉が提出した「國字國語國文の改良に關する建議」の内容は次のやうなものであつた。

* 我カ國文字言語文章ノ錯雜紛亂不規則不統一ナル世界其ノ比ヲ見サル所ナリ今ヤ我カ邦ハ國運ノ進歩ト共ニ百事複雜繁多ニ趨キ最智識ノ増進普及ヲ要スルノ時ニ當リテ此ノ錯雜紛亂不規則不統一ナル文字言語文章ヲ以テ世界ノ竸走場裡ニ馳騁セムトス其ノ國力ノ發達人文ノ進歩ヲ阻滯スルコトコレヨリ大ナルモノ莫カルヘシ

* 我カ學生竝兒童ハ此ノ言語文字ノ學習ノ爲ニ其學校生涯ノ大半ヲ徒費シテ他ノ有要ナル智識ヲ得ルニ暇アラサルノミナラス更ニ此ノ無用ノ日課ノ爲ニ其ノ鋭氣ヲ消耗シ其生育ヲ障碍セラルルコト甚タ大ナルモノアリ

* 我カ邦國字國語國文改良ノ事タル又國家ノ事業トシテ調査討究シテ其ノ實行ヲ期ヘキモノニシテ且刻下ノ一大急務ナルヲ信ス依テ政府ハ速ニ之カ適當ナル方法ヲ設ケ實行ヲ期セシムコトヲ希望シwpe2.jpg (896 bytes)ニ建議ス

  建議案の内容は右のやうな不穩當なもので、二月十三日の貴族院における議事速記録によると、久保田讓が、「生涯ノ大半ヲ徒費云々」「無用ノ日課云々」等、建議案の文中には「隨分酷いことが書いてある」が、「今日までやつて居るのは無用の學課でも何でもない」と、文章の修正を要求し、結局特別委員に付託されることになつた。二月二十一日の特別委員修正案では「我カ學生竝兒童ハ」から「其ノ鋭氣ヲ消耗シ」までが「又學生生徒ハ此ノ學習ノ爲ニ許多ノ時間ヲ費シテ他ノ有要ナル智識ヲ得ルニ暇アラザルノミナラズ更ニ此ノ困難ナル課業ノ爲メニ其ノ鋭氣ヲ消耗シ」と改められ、「紛亂不規則不統一」が「難澁」にといふやうに、ところどころ字句が修正されてゐる。

  また衆議院では根本正が「今日勉強して居るのに、先づ一人の學生が五年位の無駄な月日を費す譯でございます」などと出鱈目な原案の説明を行つてゐる。更に二月十三日の審査特別委員會議事録を見ると、根本正は伊藤直純の質問に答へて、「改良はどうしてもしなければならぬ所から」「之を調べたらいけないからと云つて止むことは決してない」と、その後の國語調査委員會の性格を方向づけるやうな重大な發言をしてゐる。

  以上のやうな過程を經て、同三十三年四月二日、文部省は、前島密(委員長)、上田萬年、那珂通世、大槻文彦、三宅雄二郎、徳富猪一郎、湯本武比古の七名を國語調査委員に任命し、更に同月十三日朝比奈知泉を加へてゐる。

 


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