南部義籌の假名とローマ字の比較論  (二の16)

   明治維新以來活潑であった國字改革論が、明治九年頃から一時下火になつてゐるが、その原因は、すつかり改革論が出盡し、それ以上の進展を期待し得なくなつたためであらうが、それは言はば議論から運動への準備期間であったわけである。

   最初に假名文字とローマ字とを比較して論じたのは南部義籌で、明治十二年十月、『洋々社談』に「以羅馬字寫國語竝盛正則漢學論」を發表した。

      *請フ假字ト羅馬字トノ便否ヲ論セン 既ニ音聲ノ符識タル文字ヲ用ヰント欲セハ音聲ニ適當シタル文字ヲ擇ハスハアル可カラス

       音聲ニ適當シタル文字トハ音ニ母韻子韻ノ別アルカ如ク文字モ亦判然其別ナカル可カラス   苟モ其別無レハ音聲ヲ寫スニ甚不充分ナル者ナリ   然ルニ假字ハ子母配合シタル者ニシテ母韻子韻ノ別ヲナスコト能ハス   羅馬字ハ判然タル其別アリ  是其羅馬字ノ便一ナリ   假字ハ我國ノ文字ナレハ羅馬字ニ比スレハ記憶シ易キカ如シト雖モ初學ニアリテハ毫モ異ナルコトナシ   且五十字ヲ記憶スルハ却テ廿六字ヲ記憶スルノ易キニ如カス   是其二ナリ   假字ハ子母配合シタル者ナレハ更ニ綴字ノ法ヲ要セサルカ如シト雖モ濁音ノ符識拗音促音ノ記載法等ヲ知ラスハアル可カラス   且又鼻音二至リテ更ニ新法ヲ設ケサレハ充分ナルコト能ハス   故ニ其勞毫モ羅馬字ノ綴字法ヲ學フノ勞ニ譲ラス   而シテ其煩雜ニシテ誤リ易キコト綴字法ト同日ノ論ニアラス   是其三ナリ   既ニ畫ヲ用ヰサラントセハ言辭ヲ一言毎ニ結合シテ綴ラスハアル可カラス   然ルニ假字ハ素結合ヲナサントシテ製シタル者ニアラス   故ニ結合ノ工合甚好カラス   且辭ノ變化ヲ寫スニモ假字ヲ以テスレハ書ク押スノ二言ヲ以テ例ヲ示サンニ書クハカカカキカクカケ押スハオサオシオスオセトナリテ或ハカキクケト變リ或ハサシスセト變ル   羅馬字ヲ以テスルハ kaka kaki kaku kake osa osi ose トナリテ只 a i u e ト變ルノミ  此ノ如キノ類甚多シ  是其四ナリ   假字ハ一國ニ局シ羅馬字ハ殆ト世界ニ周シ   故二羅馬字ヲ用ヰテ寫シタル國語ヲ學ヘハ他國ノ學ニ入ルコト甚易シ   且智識ヲ世界ニ求メ萬國ノ長ヲ採ラントスルニハ其便言フニ勝フ可カラス   是其五ナリ

  右はその要點であるが、五十字と二十六字とを記憶するに、どちらが易しいかなどといふことは全く意味をなさない。むづかしいとか易しいとか論ずるに値するほどのものではない。新しく文字を決定しようといふ時に、そんな小さなことを、いかにも重大事のやうに扱ふのは、意味がないばかりでなく有害でさへある。その後も度々このやうな比較論を見かけるのは、ローマ字論者が、日本人の智能を五歳の幼児ほどにも評價してゐないためか、彼等の思考能力が五歳の幼兒ほどであるか、そのいづれかであらう。また文字は何でも母韻と予韻との區別あるものがよいとは言へない。その區別を全く必要としない言語もある。日本語はその必要がなかつた故に、音節文字である假名が發生したのである。その必要があつたならば、假名文字が發生した時期に、母韻と子韻とに分けて表記することが當然行はれねばならなかつた筈である。


閉ぢる